まだ理解が一致してないね。お互いの考えてること、状況を理解しないと、理解しないまま、相手に合わそうとするのも無理だし、相手を動かそうとするのも無理みたいだね。

①治療のこと
②お互いの理解を深めること
の2つ書いてます。

①治療
治療をやれって言われてるのかなと最近は思ってました。だけど時間をかけてベテランになったらいいわけでもないし、みんなの疲れとか肩こりとか腰痛のケアを定期的にしてたらいいわけでもないし。そうしたら、どうしようもないと思われてる難病しかないけどそれもどうかわからないって思ってたところ。

とりあえず、今の私の治療内容。どんな感じなのか書いておく。1年目は治療効果ないっていう意味で犠牲になった人もいたけど、今はずいぶん上達したと思うよ。だけど時間かけすぎる問題がある。
<難易度ふつうの例>
ぎっくり腰とかいろんな腰痛あるけど、帰る時には痛み残さずかえってもらえるようになった。でも、来た時と全然違うってしばらくは喜んでくれるんだけど、帰るころには当たり前・・・みたいな空気になって、ありがとうございましたって言われるんだけど、はじめから何事もなかったような感じになってる気がする。腰椎椎間板ヘルニアからの坐骨神経痛とか、首肩から腕がずっと痛くて頸椎ヘルニアって診断された人とかもね、帰る時には痛くなくなってすごく喜ばれるんだけど、しばらくしたら、なんか当たり前みたいな感じがある。変形性膝関節症で杖ついてたり、じっとしてても痛かったりした人も今はもう痛くなく、屈伸も走ったりもできるようになった。でもね、治ったって言ってもまた同じ生活してそのうち同じこと繰り返すと思うし、違うところいためたりするから、なんか、これをやってても・・・って思う。だから治っても維持するために定期的に来てくれる人がいるんだと思う。こんな感じの治療だったら、わかりやすくいうと、みんなのお母さんになっている感じ。公園って言う社会で怪我して脱落したら、泣いて帰って来て手当てしてまたその社会に復活させるみたいな。マイナスからゼロに戻っただけで、そのゼロがそもそも不完全な状態で嬉しい場じゃないし。みんなの底にいて、落ちてきた人を修復して戻してる感じ。その繰り返し。

<難易度高の例>
ご高齢の方で全体に弱ってて腰も曲がってて首肩背腰全部痛くて、内臓不調やむくみ等いっぱいあるとき。。。程よく楽になるようにするしかない。完全に治したり、若返らせるのは難しい。
あと最近念願の精神疾患に関係するんじゃないかと思われる方が来たよ。でも主訴は右上腕から指先までのしびれ。結構難しくて、今まで4回治療してまだ手のひらのしびれが残ってる。病院でも原因不明で、次々病院紹介されて4つも行ったのに原因不明で治療できないからなんとなく来たみたい。内科→総合病院→脳神経外科→整形外科
脳とか首とか内科的にも問題ないから、なんなのかわからなかったんだけど、経絡治療で上腕から手首まではしびれとれた(2回目まで)。でもその後、手部のしびれが取れなくて、一時的に良くなったようでも再び戻ってきてとれてない。腕から手首まではとれたままなんだけど、手のひらがまだどうしていいかわからない。ただ4回目終わった時に気がついたことがあって、もともとちょっと精神疾患ぽいなとは思ってたんだけど、これってもしかして、西洋でいうところの統合失調症の人がなる身体症状症とかいうやつじゃない?って今思ってるところ。私の知っている磁気を帯びているビリビリした感じをしびれってかんじてるのかなって。そう仮説を立てたうえでやってみるけど、今後とれるかはわからない。それに、例え取れたとしても大したことない。それがなくなっても、もともとたくさん問題を抱えてる。
統合失調症っていっても、もともと陰虚証≒老化みたいな病態があって、その歪みが表面に出て来ただけみたいな感じだと思う。(陰虚の説明は下の※)大人になること自体が陰虚になっていくことなので、みんなその素地があって、どこにどう表れるかで、それが頭痛になるのか、その他の痛みか、統合失調症になるのかみたいな違いの気がする。例えば、仲の悪い人間社会がもともとあって、とうとう喧嘩が勃発するみたいな感じ。症状の違いは、それが起った場所、程度、次元の違い。それを納めても根っこの病態は残ってるみたいな感じ。根本的なことを解決しないで、世界中のあちこちの争いを無くそうとしてもきりがなく、病気ってそんな感じなんだと思う。私が統合失調症的な状態から元に戻ったのも、もとの陰虚証に戻っただけで根本的に解決したわけじゃない。
あとね、訪問の方に脊髄損傷の人で首から下が動かない人とか、あと緑内障で失明の危機を心配されてる人とかいて、残存機能の維持等を希望されてるんだけど、治らないってされている難病的なものって結局全部、「心腎不交=意識と身体が一つになれない」っていう状態じゃないかって思う。
心(気)=意識
腎(精)=無意識
心(シン)と腎が上と下の正反対に行こうとするから、その力で中枢と身体を引き離す脊髄損傷のような事故が引き起こされたり、その様子がいろんな難病として表れたりするのかなって思う。心と腎が分裂してる状態が普通のゼロの状態で、この状態を維持している以上、難病ってなくならない気がする。自分が心腎不交のままで、患者さんの心腎不交を治すのは難しいと思う。だから心と腎を向き合わせなければって思ってるんだけど。

<治療の仕方>
理屈を組み立てて筋道を立て、適切なツボに鍼を打つとそこに気が流れて変化が起きる。つじつまが合った筋道を作るってことは、バラバラに散らばっているものを一つにすることができた=理解したってことで、意識の中に1つになるための道が出来たことになるよ。気も精も意識だから、その意識の中にできた道を通ることができるよ。同じツボでも考えずに何となくの感覚で打った時にはあまり効かないのはしっかり道が出来てないからと思う。
病気の根本はやっぱり上に書いた心腎不交だから、心と腎の間に道を作らないといけないかなと思う。
で、治療って必ず、1対1で向き合うんだけど、治療って誰がしても同じように治るわけじゃなくて、人によって治る次元に限界がある。誰と誰が向き合うかで治る次元が違ってくる。私が患者さんととことん向き合うのかっていうと、なんか違う気がするんだけど。一人ひとりじっくり見たらそれなりにいろいろあるから、主訴の表層だけで終わりにしとくしかない。というか、表面に出てくる症状と日常的な疲れ(根っこの病態)は延長線上だからみんなそれらを一緒に言ってくる。一人一人向き合ってみると、みんな心が飢えていて、痛みだけじゃなくて癒しも求めてる。で、私は自分が出来る全力を一人一人に出し切ると、時間かかるし疲れる。それで鍼灸はいいけどマッサージが嫌になって、鍼灸だけにしようとしてみたこともあったことあったんだけど、人の飢えはマッサージを求めてて、結局やめられなかった。鍼灸だけでもすごいしっかりしてるのに飢えはそれだけじゃだめみたい。心腎不交が飢えを生んでいるから治療の根本は心の飢えなんだと思う。
究極の心と腎は向きが正反対なので、道を作るって言うか、一つになるしかなく、一つになるって言うのはお互いを深く理解し合うってことかなと思う。交際って、向き合ってない状態から、向き合おうと理解し合っていく過程なんだと思います。向き合っていないので、直球で一気に深く届くことはできず、一方通行のまま、回転するように言葉のやり取りしかないように思います。
下がるって分裂した2つが元の1つに戻ることだから片方の行動ではなくて、両方が一緒に、ってことになる。2人一緒じゃないと下がれないんだから、お互いが深く理解するってことじゃないのかな。

②お互いの理解を深める
前に考えていたのは、たぶん私にちゃんと言葉が返ってくるのは現実の方向からしかないんだと思う。だけど、私は現実の方向へは伝えられず、ネットにしか書けないから、現実でもネットでも一方通行。でもその2つの一方通行でぐるっと回るんだと思う。そして、現実にはまだ道が出来てないわけなんだけど、今一人で住んでるし、郵便は全部私が受け取って、私しか見ないんだから差出人不明でも差出人も私でもいいから郵便はどうかなって書いたんだけど、読んでくれてないか、これも没なのかわからないけど一応書いておくね。郵便なんて、紙のゴミをポストにすてるようなもんなんだから簡単だと思うんだけど。現実の中を的を絞って守られて旅してくるの、その紙屑くらいしかないよ。状況とか何も分からなくて、相手を何も理解していない状態すぎるから、内面とかは後で良くて、状況とか言いたい事を暗号とか図とかでもいいから、情報を循環させなかったら理解し合えないと思う。

今の向きのままでは2つの焦点に帰ると身体が一点に押し込まれる力がかかって、でも体は1点になれないから、まだ焦点には帰れてないはずで、だからまだ、意識は2つずつ、合計4つに分裂した状態でしょ。で、自分たち以外の弟、妹の意識の方に身体の全体像が広がっている為(自分たちの身体はその半分)、身体を伴って現実で出会うことはない。分裂している弟、妹の意識も一緒に焦点に戻ってこないと本来の自分の全体像は帰ってこない。

今までの有性生殖は、根っこが背中合わせのまま、下から上の2つずつを引きずり降ろしていたけれど、最後はそれができない。でも私の意識を経由して、私の心の奥底に言葉が届くと、そこから分裂していたもう一つの意識もその心の底に戻ってくる気がします。今は逆に、わたしではないもう一つの意識の方に話しかけてるんじゃないかと思います。だから後ろ向きに引っ張られると感じる。だから現実の方から、私の前面に言葉を送ってくれたら、私はあなたの意識を正しく認識出来る、そしてその意識に話しかけることが出来る、と思う。
向き合ってないから一気に奥底には届かないと思うから、ぐるっと回りながら、ゆっくり理解を深めて底に降りることが出来たらいいと思う。それしか前を向いて1つに下がっていく方法がないと思う。
向き合うと言葉はいらないかもしれないけど、向き合っていない時は、理解し合うために、言葉のやり取りが必要と思います。
そうしたら、こうしようって、心から思うとおりに行動できる気がします。

※ そっちは下(親)が上だと思うけど、こっちは下(親)は下。
そっちはエネルギーが下(親)から末端に広がるように流れるけど、こっちは末端から下(親)にむけてゴミが集められる感じ。だから紙屑みたいなゴミじゃないと届かないってことだと思う。

ショッピングセンターみたいな人が集まる所に入っている施術者複数の治療院みたいなところは短時間かつあまり効果的なことをしてくれないんだけど、そういうところにいろんな症状のたくさんの人が集まって出入り多い。みんなわかってて出入りしているような気がする。うちは内容は全然違ってすごくいいと思うんだけど、すごく気に入ってくれる人達が少数来る。★ こっちではたくさんの人とお金は末端の方に集まって、私には少ない人と物が集まりやすい。でもその少ない人が家の中に入ってくるから存在感は大きくなってしまう。

※ 陰虚の説明
 陰が減っている状態。陰の根本は腎の精なので精を失っている状態。失っていると言っても無くなってはなくて、不要なところに停滞している状態。その場所は意識と反対の足の方とか手の末端の方とかのような気がする。でも腎は心(シン)と一つになりたいので、その腎の精は意識の方へと昇って心の気になろうとするんだけど、心気=意識になれず、嘘の気=無意識のまま登ってしまう。その嘘の気を虚熱っていう。気って熱でもあるから。その虚熱が、意識の層に行ってしまうと統合失調症になるんだけど、結局嘘の気なので一つになれない。気にはその波長によって層があるんだけど、どの層に入るかによって症状が違うものとして表れる。そして結局その虚熱を降ろしても、もとの陰虚の不調にもどるだけで根本解決ではない。腎の精は心の所に登っっていくんじゃなくて、心が真ん中まで降りて来たときに、一つになるんだと思う。つまり、2人の心がひとつになったときに心はおりてきて、それぞれの腎の精も戻ってくるってことかと思う。

結局、心の飢えが一番の原因だと思うから、そこを埋めてほしいとみんな無意識に思っているように思う。鍼は深く届くし症状が取れやすいから好きな人は好きだし必要なんだけど、人って金属の鍼だけじゃなくて人に触れられたいのかマッサージもすごく求められてて、結局鍼灸マッサージ全部になる。(出来るだけマッサージは減らそうと思ってる。)マッサージって鍼より効果ないからやめようと思った事もあったんだけど、ある患者さんの表現でいうと、脳からホルモンが出ているような感じがすると言っていた。特に手、足、首肩まわり。何かが意識の方に上るから、感覚神経を通じて気持ちいいが届くわけで、滞っている精が脳に多少は届いているのかも、と思った。わからないけど。だけど、施術者の私はどっちかというと疲れて、その代りお金をもらうけど、全力で施術している割にもらうものはちょっと少ない。こう考えると、やっぱり患者さんとどこまでも向き合おうとするのは何か違う。一方は脳に登っていくけど、一方は下がって疲れる。患者さんって言うのは一方的に自分が癒されたいって思っているから、だからお金を払わないといけないし。そのバランスも、ちょうどピッタリじゃなくて、世の中には払い過ぎの関係もあると思うし。結局相手が違うから。

あちこちの争いを消していったら、根本の2大勢力が仲良くなるってわけじゃなくて、根本を整えないと表面は落ち着かないってことだと思う。だから、お互いの情報、言葉を伝える道をまず作るしかないと思う。

MENU